妊娠33週、産休まであと1週間!里帰りまであと1日!というタイミングで切迫早産で緊急入院、その五日後に出産してしまった体験談です。
私自身まさか自分がなるとは思わなかったため予備知識がほとんどなく、入院したベッドの上で「切迫早産 入院」で検索し、他の方の体験談を読みあさりました。
ですので自分の体験が少しでも妊婦のみなさまのお役に立てば、と思い書き残しておきます。
(結論を先にいいますとなんとか赤ちゃんは無事にうまれ、今も私の横でもくもくとハイハイの自主練をしてくれています。ので安心して読んでくださいね!(^^)!)
目次
なんで切迫早産になっちゃったのか
そもそもなんで切迫早産になったのか、、、原因はこれ!という明確な理由はわかりません。
産後の胎盤の生検の結果、すこし炎症がおきていたそうです。実は中期ごろからけっこう連日お腹が張っていたのですが、在宅ワークだったので、夕方は少し横になったりとだましだまし仕事を続けていました。産休までになんとか終わらせなければならない仕事があり、割と追いつめられていました。そういえば極寒の中泊まり出張も2回ほど行ってました。(^◇^;)
お腹の張りについては初産だったので感覚がわからず、「まあこういうものなのかなあ」と勝手に納得もしていました。(よくないですね)
ここからは時系列でお話します!
3月某日曜日
もうすぐ里帰りだし最後に夫と散歩がてら買い物へ行くことにしたのですが、その途中下腹部に生理痛のようなするどい痛みが、、、途中歩けなくなったのですが、しばらくするとよくなりました。家に帰ると少し出血していました。この翌日にでも病院へ行けばよかったものの、すぐに回復したため、大丈夫だろうと思ってしまったのです。
(私は心配性なくせに、肝心なところではのんびりした判断をする傾向があります。)
月曜日 & 火曜日
すごくだるかったです。風邪のような症状でした。在宅ワークはお休みしました。
(病院にいくべきでした)
水曜日
元気になったので仕事と里帰りの荷造り&陣痛バッグの準備をしていました。
木曜日
深夜 お腹が痛くて目が覚めます。 痛みは波のようにやってきてはひきます。
さすがの私もこれはもしや、、、と思いますが、「なんかお腹が定期的に痛い。陣痛来たかも笑」みたいなラインを母に送っていました。
金曜日
明らかに普通に立てないくらいお腹が痛いです。
妊婦検診をしていた病院に連絡し徒歩で通常の倍の時間をかけて行きました。
いつもはさっぱり対応の先生も看護師さんも私の脂汗とまっすぐたてない様子に慌ててくれましたが、この病院は出産対応をしていないため。NST(ノンストレステスト)の機械がないとのこと。
・・・ノンストレステストとは、その名の通り赤ちゃんにストレスをかけずに赤ちゃんの心拍とお母さんのおなかの張りを分娩監視装置という機械でグラフ化することで、「赤ちゃんが元気かどうか」を見る方法です。
お母さんのおなかに赤ちゃんの心拍を取るためのものと、お母さんのおなかの張り(子宮収縮)を取るためのものの2種類のセンサーをつけます。
NSTは36週から39週以降の検診でつかうのが一般的なので、私は見たこともなく、痛みで正直なにがないのかもわかりませんでしたが、診てもらえる大きい病院を探すからと言うお医者さんにお願いすることしかできず、、ベッドで社外を含む仕事のメンバーに「私入院するかもなんでしばらく返事できません」とひどい内容のメッセージをなげてました、、頭の中は「里帰りできなかったらどうしよう、新幹線もホテルもレストランも予約してるのに」でいっぱいです。
(お腹の赤ちゃんは元気ですとエコーで言われていたのでそこはあまり心配しなくてすみました。)
30分後くらいに受け入れ病院が見つかったので、タクシーで向かうことに。この病院を総合病院Aと呼びます。(なぜなら総合病院Bもこの先登場するのです、、、)
とりあえずどうなるかわからないので飲み物と食べ物をコンビニで購入しタクシーへ。
(食に関しては用意周到です)
初めての病院なので受付も一からで、正直手が震えて記入も大変でした。
産科までたどりついたあとは車いすに乗せてもらいました。
満を持してのNST! 横になってお腹にセンサー付のベルトをまき、針がふれるのを見守ります。赤ちゃんの心拍は元気ですが、子宮の収縮がおこっているので、張り止めの点滴を打って様子を見ましょうということで、入院することになりました。
ここがつらいよ ~切迫早産での入院~
ベッドに案内されレンタルパジャマに着替えた後、夫に入院することになったと連絡。
新幹線のチケットをキャンセルしてもらい、私は私でホテルやレストランの予約キャンセル作業を泣く泣く進めました。ただこの時は時期をずらせば里帰り出産できる可能性はあると思っていました。
その日は面会時間ももう終わるということで、私は洗面用具も持たないまま一晩を明かしました。シャワー禁止なのでまあいいかと。辛いのは痛みが周期的にくるため、[うとうとしては痛くて起きる]を繰り返し、トイレに行くにも点滴をもったままなので一苦労、、、長い夜でした。
翌朝、衝撃の事実ですが担当の女医さんが土日お休みのため不在。朝の問診は研修医なのかバイトなのかわからない若い男性医師でした。この先生は夜勤と早朝担当なのか、やる気も覇気もないかたで、権限もないのでしょう、、私が昨晩の症状を訴えても「はあ、、」と言ってさっていくのみ。全く頼りになりませんでした。
午前中、夫が荷物を持ってきてくれました。里帰り用に陣痛入院バッグを前もって準備しておいてよかったです。でなければ夫がゼロからパッケージするのはお互い相当ストレスになったことでしょう(;^ω^)
コロナ渦でもあり面会は午後のみ。夫は午後も来てくれました。どうしていいのかわからないのか、病室でもスマホでマリカーしてた夫です。
とりあえずいますぐ産まれることはなさそうだけど、いつまで入院かはわからないと現状報告。
夫が帰った後質素な夕飯を終え、ひたすら横になります。長い夜がまた来ます、、、人狼ゲームのアナウンスが聞こえます。「ヨルガキマシタ」
痛みを訴えるために私はお腹の張りの間隔をメモすることに、、、
きちんとモニターの計測とリンクしているので必要はないのですが、何もしてくれないと感じていたので。
張り止めの点滴薬には副作用があり、動悸や手の震えがおこります。スマホで気を紛らわすしかできることはありません。
モニターチェックのたびに「お腹の赤ちゃんは元気です」と言われるのであまり赤ちゃんのことを心配せずに済んだのは幸いでした。むしろお腹から出ようという意思を感じました、、、。
辛い土日を過ごしやっと月曜日! 先生の診察早く早くと思ったら、なんと先生は今日は別の病院とのこと、、、再び絶望。一応別の先生の内診があったのですが、若い男性研修医二人の見学つき、、ほんとついてない。
午後、看護師さんが同情したのかシャンプーしてくれました。入院期間はお風呂も禁止。体は清拭できていたものの髪はべっとりだったため、ストレッチャーにのせられたまま看護師さんが洗ってくれました。美容院のよう!とはいきませんがだいぶすっきりしました。( ;∀;) 夕飯をいただきそしてまた長い夜が、、、、
火曜日
やっと先生きた! 寝不足と痛みで疲労困憊の状態で内診台へ。
「あら!もう(子宮口)開いてきてる!」
(だから陣痛だって言ってんじゃん!)
「ここではNICUがないから転院先さがしますね」
(そうなの!?じゃあこの入院はなんだったの?)
そこからはバッタバタ。ベットに戻り看護師さんが荷物を全部かばんにぶちこみ、(お菓子持ち込んでたのがばれて少し恥ずかしかったです)私はストレッチャーへ。幸い近くの総合病院Bが受け入れてくれるそうで救急車で移動です。
はじめての救急車です。夫に連絡する余裕もなかったので救急車の中でLINEと病院の位置をマップで確認。(酔いました)
もう産んじゃいたい! ~救急車で緊急転院からの出産~
救急車にのっていたのは20分くらいだったと思います。お昼前には総合病院Bにつき、いろいろ検査。その後10時間ほどでなんとか自然分娩で男の子を出産しました。
よろしければ 出産~入院~病院へミルクデリバリーの日々 編は こちらから続きを読んでいただければと思います。
まとめ 予防対策
本来は赤ちゃんの体の機能が出来上がる37週まではお腹に留めてあげるのが理想で、
33週はぎりぎりのラインでした。実際息子は肺の機能が少し未成熟でした。
切迫早産は体質的になりやすい方もいますが、妊娠中気を付けることで防ぐことができたと思います。
・ちょっとでもおかしいと感じたら休むこと(さぼること) 病院へいくこと
人に迷惑かけてもいいんです。赤ちゃんを守れるのはあなただけ
・切迫早産の可能性も視野にいれる (骨盤サポート対策や保険加入なども検討)
また今診てもらっている病院で対応はできるのか、確認しておいたほうがいいです。
私の場合、妊娠時35歳だったので最初からなにかあったときのために総合病院にしても良かったでしょう。(引っ越したばかりで土地勘もなく妊婦検診の病院選びも大失敗してます。)
切迫早産と診断されたり入院したあとで(私のように)体験記を読みあさることがないことを願います。
おまけ~お金関係~
ちなみにこの総合病院Aでは5日間入院し、6万円ほど入院治療費がかかりました。
妊娠がわかったあと、妊婦向け保険加入を一瞬検討したのですがやめてしまったことを後悔しました。
数か月入院するケースもあると聞きますので、次回(あるのか?)は加入したいと思います。
長くなりましたが最後まで読んで頂きありがとうございます。

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